小さな心

前回も チラリと語ったのですが、

子どもって 身体だけじゃなくて やっぱり 心も小さいんですよね  きっと。

 

子どもの頃 

例えば 友だちとケンカしたり

親に怒られそうなことを つい やってしまったり

つい はしゃぎすぎて ハタと気がついて

どうしよう!

 

 

もう その事で頭がいっぱいで 何にも出来なくなってしまう。

まだ 怒られてもいないのに いっぱい過ぎて 突然に泣き出したり…

 

なんて経験 ありませんでしたか?

 

でも いつのまにか 大人になると 

すごい心配事があっても、誰かとケンカして 

「あー!もー!ムカつく!」

なんて 言いながら 晩ご飯つくったり、仕事に出かけたり、車の運転してみたり。

同時に 色んな事を抱えながらも、ちゃんと 取捨選択しながら 暮らせるんですよね。

 

それって きっと大人だから ですよね。

容量が大きいんでしょうね。

 

子どもって 感動したら ひたすらに目を見開いて その感動を全身で受け止めるし 悲しい事があれば、この世の終わりぐらいに 悲しむ。

 

だから

だからこそ、叱らなければいけないときには、キチンと わかるように伝えなければいけないと思うんですよ。

 

でも 叱るって

どうしても これはダメって 伝えなければいけない場面って 

そんなに たくさんは無いと思いませんか?

 

車に轢かれて 死んでしまわない様に 道路に飛び出しては いけないとか

 

高い所から 落ちると大変だから、

人を押したり 自分も 落ちない様にしようね、とか。

 

後は

お店に置いてあるものは お店の人の物だから、勝手に触ったり 持って来たりしたら、お店の人がお金もらえなくなって 困るんだよ。

 

とか…

 

病院とか レストランとか 走ったり 大声出しちゃダメだよね?

 

とかとか、

 

人や自分が キケンな時

 

そういう時は、しっかりと顔を見て

なんなら 座って子どもの目線に合わせた姿勢で ソレをしてはいけない理由を出来るだけ 簡潔に わかりやすく伝える。

必要以上に ガチャガチャ言わない。

どんな行動をするべきなのか、具体的に伝える。

 

そして 出来たら ひざ小僧辺りが 触れ合う程度に スキンシップをとる。

 

頭を押さえて、とか 肩を触るとか、手を握る とかはダメ。

ひざ小僧が触れ合う程度。

 

子どもって 言葉よりも体感の方が 情報をキャッチしやすいから。

 

自分が叱られている

って事を 体感させるために 

だけど 必要以上に突き放して 不安を与える必要もないので。

 

後は 

「お母さん そんな事する子は 嫌いよ」

 

とか 言う人いるけど

それは ダメだよね? お母さんに嫌われるの嫌だったら やらない?

それじゃ いない時は やってOK?

 

その程度なら、大したことない

って理屈になりますよね。

 

それと同じ様に

「〇〇ちゃん、お願いだからやめて」

 

って言うのも ヘン。

お願いすることじゃないでしょ?

 

自発的に 危ないこと 本当に相手を困らせる事は やめなければいけません。

 

容量の小さい 心に

必要な内容をキチンとインプットするには 必要最低限の情報を的確に 伝えることが大事ですよね。

 

パソコンの初期設定 くらいに考えると そこは感情的に 振り回されることなく

スムーズにいくんじゃないかな?

って 思います。

 

特に2歳くらいの子ども

ドキッとすることを 急にやりますよね、

店で買い物してて  店の外に出てみたら、いつのまにか商品を握りしめて出て来ちゃった、とか。

 

滑り台の上で 他の子を押してた

とか。

 

思わず 「ヒィ〜〜!やめてやめて!」

って 頭に血がのぼりそうになる。

でも ヒステリックにぎゃーぎゃー騒いでも伝わらない事を 思い出して

 

とは言え 

車にはねられそうな時は 冷静になってる場合じゃないですよね、もちろん。

 

私が何処へ行くにも

3人の子どもを連れて ガチャガチャやってた時、もう5分おきぐらいに 誰かが何かを やらかす!

みたいな状況の当時に 学んだ「叱り方」でした。

 

この事を 学習していなかったら、自分自身が もうパニックだっただろうし

子ども達も 見境いなく 暴れてみたり、さぞかし 困った人になっただろうな〜

って 思いました。

 

なので、

ぜひぜひ 「叱り方」は 良く考えてみて欲しいなって おもいます。